昭和52年5月18日 月例際
『 教典の御理解はなし 』
信太郎が入力した分
テープを聞いてチェックする事
信心は転ばぬさきの杖ぞと仰られます、転んでから神様と言い、悲しい時になって神頼みするという、そういう信心、そういうのが信心のように、言うなら思うております。
信心は転ばぬうちの杖であります、え~、先ほど久留米の佐田さんがお届けをされますのに、日田のお里の方、中野さんという酒屋さんです、え~お母さんが時より参って来ます、それであちらの後をとっておられる方達に信心を進めるけれども、一向腰を上げない、え~今日もあちらの息子さんが、まぁ日本一的な、剣道の器量から技量から、もうすべてが足ろうておると言うので、今度東京へ招聘をされなさるという、まぁ通知を受けられておる。 私の方は信心はせんけれども、子供達の時がこんなに良いから、信心はやらせんでん良かと言わんばかりの事を聞かれて、本当に悲しいことだと、それに引き換え家の子供達は、ね、そんなにどれがどうと出来てどうと言う事ではないけれども、子供ながらに信心を分からせてもろうて、子供ながら信心の稽古をしておると言う事は、本当に有り難いことだとバスの中で感動いっぱいでこちらまで参りましたというお届けがございました。
もう信心せん奴ばっかりは、もうどんこんしょうなかと言ったようなものじゃなくて、それを聞いてね、いわゆる転ばんさきの杖を付かせて頂いておるという事の心丈夫さ、ね・・・をまぁ感じられたのでございましょう、皆さんどうでしょうか、信心しておかげを頂いて日勝り月勝り年勝りにだんだんおかげを頂いて参りまして、そこでやれやれ一服というのでなくて、そこから信心の真がいよいよ現されて、身に着く徳のありがたさ、信心の喜びの開けてくる、いうならば昨日今日の御理解にございますように、ね、それこそ踏み広げて通るのが繁盛じゃとおおさえられる、自分の心のなかに、言うならば踏み広げて、少しずつではあるけれども喜びが、有り難いというものが広がって行くということの楽しみ、その喜び。
年をとってだんだん、色々まぁ難儀な事でも重なるとお先が真っ暗になる、ね、言うならば不安の生涯、終着駅に近付く人間が、ね、それこそいつお引取りを頂いても神様ありがとうございますと言うてお礼を言えれるような心の状態を開かせていただく。
もうこの喜びの心が一部ずつでも一厘ずつでも広がっていっておる自分というものを、作っておかなければ駄目だと、何年信心させて頂いても喜びとか、ね、有り難いというものが育っていかないと言うなら、これまた考えなきゃならない、ね。
今日椛目の中島さんがお参りをしてみえてお届けをされますのに、先日日田のほうへ御用に行かせて帰るときに、田主丸のところで汽車が大きなショックで止まった。
飛び込み自殺があったと言うのである、もうとにかく、もう大きな輪に人間の体がもう真っ二つになって半分は、こう、あの巻き込まれてあった、それを取り除くのに40分からかかった。 もう本当に身がズンズンするようなお話である、でそれをお話聞かせて頂きましたら、久留米の大変有名な大きな資産家の弟さんであるという事が分かった、それもその弟さんが自分の兄さんであるという人を刺し殺して、そして自分は汽車に飛び込んだという。 わたしはもうそれを聞かせて頂いてからですね、もう本当に信心はいよいうよ転ばんさきの杖だとこうだから、おかげを頂かなければならんからの信心じゃない、じゃそういう所から信心をさせて頂いた分にいたしても、信心がいよいよ育っていって、ね、ただ有り難い有り難いがね、言うならば自分の心に持てる真心というものが、いよいよ自分ながら、われながらありがたいと思えれる、言うなら我ながら和賀心が奉れれるような心の状態を喜ばせていただくという信心にならせて頂かなければならない。
高嶋さんの奥さんの女学校の時の友達だそうです、この奥さんは、あちらでお商売でいつか、もう十年も前だったでしょうが、「 」合楽の事、当時の椛目の話をされて、もう色々とまぁ金やら物やら一切には不自由はなかろうけれども、ね、信心をさせてもらいなさいと一生懸命にお道引きをされたけれども、なかなか動こうとされなかったから、私は特にそういう、まぁ思いを受けとるかもしれません、あの時に御信心を頂かれて十年、言うならば信心の稽古をされておられたら、ね、こんな悲しいことにもならなかったかも知れんねというような思いにかられました。 金やら物やら、今家庭が円満だから、今むすこの出来が良いから、私だん信心せんでも良いというような事じゃないことがね、わかります、信心はいよいよ、転ばんさきの杖です、ね。
今日、研修の時に、昨日ここにみやまという兄弟が京都から修行に来ております、お兄さんの方は教師の資格をもっておる、弟の方は、まぁ来年あたり学院に行こうという修行をしとる。 昨日帰って参りましてから、色々お供えやらを致しました中に、こう綺麗な色紙の、色紙を、はぁこれが今度あちらの記念祭の記念品だなと私おもうておった。
でここにおいておりましたけれども、開けてみたところがね、う~ん、おきあげ風に、中に椿の花がこう一厘こう書いたのでなくておきあげ風にして出来てるんです。
で私今日、研修の時にね、あのこれはあの~、今度の記念祭の時の記念品でしたのかというて聞いたら、いいえそうじゃぁありませんと言うて、このことの、まぁ曰くいんでも話すんです。
ね、にやまさんが、の御取次ぎをさせて頂いたそのおばあちゃんで、ある難渋な病気をしておった人がおかげを頂いて助かった、それでにやまさんがあちらへ帰らせて頂いた時に、もう私は何もお礼が出来ませんので、ね、私の作りましたこれしか出けん、だからこれを、まぁお礼代わりにもろうて下さいと言うて、持って来ましたから、まぁここへ先生がこんな物が好きだからというのでしょう、その、それをしとった訳です。
私はこのお供えを頂いた時にね、その気は心と頂いたんです、だからそのどういう意味か分からなかったけれども、はじめてその説明を聞いて、なるほど気は心という事が分かったんです。 いうならば、京都での真心が合楽で開花したという感じです、言うなら神様が見てござる、聞いてござるという事がわかりますですね。 これささやかな年寄りの言うなら真心を込めて、これを作った、そして、あの病気が治ったお礼の印にこれをもろうて下さいとこういう。 気は心である、本当に気は心だけれども、神様がちゃんと受けてござる。
ね、私はね、こういうところから信心が始められる、しかもその気は心と言う、言うならばです真心がです、だんだん、ね、もっと清らかなものにもっと豊かな大きな真心に変わっていくというところに、信心の成長があるのです。 いつも気は心ではいかんのです、その気は心、この辺では、私はみんな、気は心ちゃぁ知っとるかちゃぁ、だれん知らんですもん、でこの辺の者は言いますもんね、気は心ということを、ほんの少~しですばってん、まぁ気は心と思うて受けてくださいと、そういう風に言うわけです。
ね、ならおしょうぶのことですけれどもとこう言うのです、ね、だからこれは、言うならその老人の真心がです、ね、神様へ通う証拠に、私がこれを受けた時に頂くのが、気は心。 これは記念祭の記念品である、どういうことか私も分からなかって今日、神様の話を聞いて始めて分かったんです、なるほど気は神様が、ね、今日との気は心が合楽で言うなら開花したという感じがするじゃないですか、で私がここへ頂いたように気は心と書かせて頂いた。 ね、これは椿に気は心ちさんが入っとるがどういうこっちゃろうかと誰でん聞くでしょう、聞いた時に今の話をしようと思うのです、ね。 椿のさんにはふつりが、あのぴったり来ないですけれども、これは気は心ち書いちゃるがどげな事ですかと聞いた時に、言うならば気は心その真心がどんなにささやかなものであっても、神様はそれを受けて下さるんだということ、ね、今日との真心が、いうならば合楽で開花した。
ね、そしてその心がです、言うなら神様が受けてくださる喜び、受けてくださる実感、それがだんだん大きく育っていくという事にならなければならんのです。
今日、研修終っておりましたらある婦人の方がお参りをしてきて、ここに合楽建設がはじまってこの方、毎月、月々建設費のお供えをなさる、先日も色々はなしを頂かせてもらうと、合楽建設というのは今度ここに、言うならビルが出けると「 」が出けると言うて、まぁそれでお終いなのではない。 合楽建設というのは、言うならば合楽で、まぁスローガンとでも申しましょうか、和賀心時代を世界の隅々にまで広げさせて頂くような、大きな働きに運動になっていかなければならない。 十三日、十三日会を世界の隅々まで広がって行ったならば、どういう風に有り難い、言わゆる喜びの天喜びの地、歓天喜地の言うならばおかげになっていく事であろうかと、そういう大きな夢のような願いを立てて、ね、それがだんだんおかげを頂いて行くという、それが言うならば合楽建設である。
そこの本拠になる所が、合楽ここである、これが出けたからもう合楽建設が終わったのではない、その事を聞かせてもろうて、その方は心に感じ、それから心に誓うところがあった。 今が50ぐらいでなさいましょうかしら、ね、私がいつお国替えを頂くかわからんけれども、私が終生、もう月々わずかずつではあるけれども合楽建設の為に奉賛させて頂こうという思いを心に思わせて頂いたら、もう何とも言いしれぬ喜びが湧いてきた。
それから、その翌日お夢を頂いた、ご飯を炊いておる、ね、真っ白いご飯である、と思うたら次には今度は、あの,小豆ご飯を炊いて頂くところを頂いた。 そこには森部の高山さんと原さんが、まぁおられたというような事でした。
ね、お互い信心させて頂いて、真間になりたい真間になりたいとこう思うて信心をする、言うならばおかげを頂きたいおかげを頂きたいと思うて、一心に信心をする、そこから様々な不思議なおかげも頂くけれども、ね、そうして信心が出けていくうちに、それこそ気は心の信心がだんだん育ってきて、ね、いよいよ信心が、ね、転ばんさきの杖であるような間違いのないものになってくる、悲しい時の神頼みではない、もう言うならば悲しい事の起こる前の倒れる前の転ぶ前の杖として、それが頂けてくるようになる、信心が育ってくる、ね。 その方にとっては、いや本当に月々ささえな事だと思うけれども、言うならば、言うならば生活費の何分の一かというような、大きな金額だと私は思うです、その方にとっては、ね、それをしかも建設が終るまでといったようなものではなくて、私の生涯かけて、ね、終生この言うならば合楽建設、言うならば御造営費の、をお供えしようと思うたら、感動が湧いてくる喜びが湧いてくる、そのまま神様の喜びであった事を感ずると同時に、ね、今まではおかげを頂く信心から、ね、神様の手にも足にもならせて頂こうかということと、同じだとおもうんです。
神様の言うなら合楽建設のおかげがだんだん、言うならば大きく広がって行く事だろうと、ね。 そのことの為にです、終章これを続けていきたいという思いを神様にかけさせて頂いたら、ね、真っ白いご飯から次には赤飯を炊く、赤飯を言うならば頂いたと言う。
祝いめでたの若松様よ枝も栄える葉も茂るというではないか。生神金光大神は子孫繁盛家繁盛の道を教えるのじゃと教えられる、言うならば家繁盛であり子孫繁盛日勝り月勝り年勝りのおかげから、信心の真を現して、しかもそれが終生、私が生きておる限りはというような信心をさせて行く時に、もうその人は極楽行き間違いない、その人の信心は必ず子に孫に伝わる事だろうと私は信じます。
ね、白いご飯、いうなら真間になるおかげから、ね、神様が真間になさるという、ね、神様が真間になる、私どもが真間になる、ね、そこに初めて合楽の世界があるんです。
ね、今どんなに調子が良いからと言うてもどんなに子供の出来が良いからと言うても、ね、今その、高嶋さんの奥さんの女学校の時の友達の方の、それが4~5日前にあった事です。
ね、そういう言うならば悲劇な、悲劇が起こっておる、ね、10年前に信心をしないかと言うて随分進められた、けれども信心を言うならばなかなか動こうとされなかった、こんなに、言うならば何から何まで恵まれ続けておる者には信心なぁいらん物のように思うておるのが日本人のこう観念の中にある訳。 神様とはもう悲しい時に、苦しい時に頼むのが神様だ仏様だというように思うておる、してそうではない。 ね、ところがです、なら信心を皆さんこうさせて頂いておりましてもです、やはりおかげを頂くからで終止しておったならば、理屈はあまり変わらん事になります、ね、せっかくの有り難い合楽にご縁を頂きながら、ただおかげを頂いた生涯、それはなら子にも伝わらんという事もなかなければ、孫に伝わっていくという事もない、伝わる物は信心の徳である。
ね、その信心の徳を頂くということ、信心を頂くということ、それをです、私どもはまず気は心ならば誰でも出けるのじゃなかろうか、ね、しかもその気は心は神様が間違いなしに受けて下さる事実をです、私どものおかげの上に言うならばこのことをです、そのおばあさんに、新山先生が通知をしてやったらね、どんなに喜ぶだろうかと、あれを先生にお供えさせて頂いたんですよと、そしたら先生が気は心と頂かれた、言うなら貴方の真心が例え気は心であっても、神様が受け取ってくださったというお話を頂きましたらと言うたら、喜ばれる事だろうとこう思います。ね、そういう気は心からです、いつも気は心ではいかんのです、信心がだんだん成長して参りましたら、ね、それが大きく豊かな御用ともなり、働きともなって現れてこなければなりません。
ね、そこにはね、言うなら転ばんさきの杖を頂かせてもらう信心、言うならば信心がいよいよ有り難うなっていく信心。 日頃ずいぶんお世話になっとるから今度合楽の御造営があるげなけん、その合楽の御造営の為にお供えをしようと言うのではなくて、ね、それを終生の物にしようという願いを建てる、ね、そこにその人の真心というものが、いよいよ際立って有り難いものになってくる、ね、それを神様は、ね、言うなら白いご飯から小豆のご飯、ね、赤飯炊いて祝い喜ぶような心で信心をと仰せられる。 ただのおかげを受けるというのではなくてです、それこそ祝いめでたというようなおかげを頂いていくという事がです、私は徳の世界だとこう思うです。
ね、ただ真間になる、願うたことが成就したというような信心から、いよいよ真の信心を目指指せてもろうて、ね、これは誰々さんがそうじゃったけん、なら私も一丁今日から始めようというようなことのものじゃないんです。 ね、もうこれは言えば分かる事で、分かったからと言うておかげになるのじゃないです、それがね自分の心のなかに本然としたものを開いて、だって練り上げさせてもろうて気付かせてもろうて、自分がそれを実行に移していくというのですから、なるほど信心は稽古をしなければわからんのです。
ね、だから信心の稽古の材料は、私どもの周辺には沢山ある、今痛いなら痛い、痒いなら痒いという事を通して、神様の心が分かりたいという信心になるという事なんです。
ただ痛いから痒いからそこを早く治してくださいという信心ではなくて、その痛い痒いことを通して、神様の深い心を分からせてもらう、御しんりょうを悟らせてもらう。
神様の願いはここにあったのかとわからせてもらう時に生まれてくる喜びを信心の喜びと、おかげを頂いての喜びというのは、それは本当の喜びではない、そこでね、私どもが今朝から私が頂きます、レッツゴー精神という事を頂きます、レッツゴ―という事は、さぁ、さぁ行くぞというこの心だという事です。 さぁ眠たい、あぁグズグズしよるときに、先日井上太郎先生が、親先生の確かな親先生の声でその英語で起こされたと。
どいういう事であったかと言うたらその、まぁレッツゴ―ということであった、ねビックリして、まぁ目が覚めたとこう言うのである。 さぁ起きよ、さぁ行け、さぁというその勢いです、ね、そういうものが私どもの心に育って来なければなりません。
ね、そして自分の心の中に、ね、今朝から皆さんに聞いて頂いたように自分の心の中に踏み広げて通るような小さい道ではあるけれども、ね、確かに日々自分の心の中に喜びが開けていくという、言うならばここまでは信心を進めて行かなければいけない、どんな大きな道にあってもどういう言うならおかげを頂いておっても、振り向いたら、後から後から草が生えるといったようなことではダメだと仰る、ね、通ってきた道に草を生やさんようなおかげを頂くということは、繁盛のおかげを頂くという事である。
どんなに素晴らしいお広前があっても、さぁ庭には草ぼうぼうというような時にはもうお終い、ね、どんなに大きい、言うならば大館であろうがです、もう隅々に至るまで、言うならばこう真善美に輝いておるというようなおかげが頂いた時が、本当のおかげなんです。
ね、だから言うならば道に草を生やすような事をすな、自分の心の中に、それこそ少しずつでも喜びが言うならば増えていっておる、広がって行っておるという信心、それはおかげを頂くという中からは生まれてこない、信心が身に付いて来るということから始まる。
ね、気は心というその気は心の信心から、いよいよ終生、神様へそれを誓わせて頂けるような信心から、一年一年ありがとうなっていく信心が出きるんじゃないでしょうか。
ね、信心はそういう意味でね、転ばんさきの杖と言われるのですから、ね、転んでからの神様ではなくて、転ぶ前につかせて頂く信心、神様でありたいと思います、 どうぞ 。